M.I.Photo Museum 1

特別展示ギャラリー1 その2(インド)その3(アメリカ)
イスラエルの野生シクラメンとアネモネ(
原種)
(写真提供:M.I.さん)

原画のすばらしい質感を残すため解像度高め設定です。そのため、重いので
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M.I.さんのメールから この写真についての紹介文(980706)

  
↑左から野生のシクラメン・野生のアネモネ・シクラメン原種自生風景
M.I.さんはわたしの会社での元ボスで鳥飼いには特に古典的な名作として知られる
クレア・キップス著書の「スズメと私」翻訳者の故・今田恵氏のご家族でもあります。
そんな縁もあり今回この素晴らしい画像をプレゼントしていただきました。
また順次美しい画像をここでもご紹介していきたいと思います。

・・・・あの写真の背景を少しさしあげます。

写真を撮ったところはエルサレムから約2時間ほど北で聖書のイエスが育ったナザレ から30分ほど南のギルボア山というところです。この場所はこのように野生の花々 が季節ごとに咲くことで有名なようです。

わたしが行ったのは3月でしたがそれから 1カ月ほどしたときにはやはり野生のアイリスが咲いたとの新聞記事がでたようです。 もう一つこの山が特別なのはイスラエルの最初の王であるサウロ王が死んだ場所だか らです。サウロ王はある時から神の指示に背きそのためにあの有名なソロモンの父親 でありいまのイスラエルの旗に描かれているダビデが神によって王に選ばれたのです 。しかし、サウロはそのことに不満でダビデを殺そうといろいろと策をめぐらせます がついにギルボア山で、いまの言葉ではパレスチナ人の軍隊によって殺されることに なります。

聖書にはこの前後をこのように記しています。 ペリシテ軍(パレスチナ)はイスラエルと戦い、イスラエル兵はペリシテ軍の前から 逃げ去り、傷ついた兵士たちがギルボア山上で倒れた。ペリシテ軍はサウロとその息 子たちに迫り、サウロの息子のヨナタン、アビナダブ、マルキ・シュアを討った。サ ウロにたいする攻撃も激しくなり、射手たちがサウロを見つけ、サウロは彼らによっ て深手を負った。サウロは彼の武具を持つ従卒に命じた。「おまえの剣を抜きわたし を刺し殺してくれ。あの無割礼のものどもに襲われて刺し殺され、なぶりものにされ たくない」。だが、従卒は非常に恐れ、そうすることができなかったので、サウロは 剣を取り、その上に倒れ伏した。従卒はサウロが死んだのを見ると自分も剣の上に倒 れ伏してサウロとともに死んだ。この同じ日に、サウロとその3人の息子、従卒、さ らに彼の兵隊は皆死んだ。  サムエル記上 31:1-6

わたしがこの山、といってもわたしが住んでいる丘と同じような小さいもの、に行っ たときは人っ子ひとり居ないシンとした山でした。日本のように上野のやまで青いシ ートを広げるような週間はないのでしょう。 それ以外の写真のテーマとしてはゴラン高原、エルサレムの雪景色、遊牧民の子孫た ち、イスラエル人ではないが一番勇敢な兵士を生み出したドゥルーズが民族衣装を着 ているもの、地中海風景などあります。お楽しみに